気比の松原(敦賀市)概要: 気比の松原は福井県敦賀市松島町に位置しています。気比の松原の歴史は案内板によると「 天平20年聖武天皇の御代忽然と現われ別名「一夜の松原」とも称せられる。古くは気比神宮の神苑であった(気比神記より)。以来幾多の歴史を秘め日本三大松原として現在にいたり皆さんの環境保全に役立っています。 福井森林管理署 」とあります。
平安時代には日本海の対岸にあった渤海国との外交の拠点にもなり松原の一角には渤海使節松原客館が設置されました。
戦国時代に気比神宮は越前守護職朝倉氏(本拠:一乗谷)に従った為、織田信長の越前侵攻で朝倉氏が滅ぼされると気比の松原も没収されています。江戸時代に入ると小浜藩(藩庁:小浜城)が厳しく管理した為、景観が維持されました。
元禄2年(1689)旧暦8月14日に気比神宮を参拝した松尾芭蕉は、その晩、気比の松原で月見を行い、その景観に大きく感動し「月清し遊行のもてる砂の上」の句をの残しています。
気比の松原は長さ約1.5キロ、広さ40万u、約17000本の赤松、黒松が生い茂る景勝地で、三保の松原(静岡県静岡市清水区:三保半島)、虹の松原(佐賀県唐津市東唐津:唐津湾沿岸)と共に日本三大松原として知られ、昭和9年(1934)に国指定名勝に指定されています。その他にも日本の白砂青松100選、日本の名松100選、日本の自然100選に選定されています。
気比の松原:上空画像
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